ジョルジュ・パラントにかんする雑記帖

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ステファヌ・ボーさんのあたらしい論文、 «Politique de Georges Palante : un esprit libre dans la mêlée» (http://calle-luna.org/article.php3?id_article=218) は、最近読んだなかではもっとも興味ぶかかった。
パラントの個人主義は、社会主義、アナーキズム、自由主義といったおおきなイデオロギー的な傾向と、それぞれにある程度の親和性をもちつつも、当然ながら、相違点もある。
パラント自身にもゆれはあるが、かといって、その思想の変遷を、「若き絶対自由主義者が老年の自由主義者をつくる les jeunes libertaires font les vieux libéraux」といった定式には還元しきれない。
、、、というぐあいに、パラントの政治的傾向を理解するうえで、ありがちないくつかな単純化に警戒をうながしておられる。

とりわけ、パラントによる明言を額面どおりにうけとって、パラントは「反アナーキストである」と断定するという、多く見られる論のはこびにたいする、かれの反論をみておきたい。
ボー氏は、パラントをアナーキストと評した同時代の論評が多いことや、1920年代にイタリアでパラントの翻訳が多く出たことは、イタリアのアナーキストに「社会を打倒せんとする、かれの批判のとほうもない大胆さ」(ピトレの評による) が、ひろい意味で共有されたからだということ、そして、パラントの自殺以降、ペルティエによって『苦悩する個人』が刊行される1987年までの空白の時期に、いささかなりともパラントの思想に重要性を付与していたのはアナーキストだけだったということなど、いくつもの論拠をあげ「パラントがアナーキストでないにしても、かれの思想はしばしばアナーキスト的であったといいたくなる」としておられる。

これはわたしが、昨年11月30日、当サイトの「日本における受容」 (http://www.ne.jp/asahi/watanabe/junya/palante/
au_japon.htm) の「追記」で、「しかし、パラントがいたるところでプルードンにしめしていた強い共感(...)にかんがみると、アナーキズムに「終始否定的」とまで断定するのは勇み足ではないでしょうか。」と書いたことと完全に一致するものであり、賛意を表したい。
パラントを反アナーキズムであったと断ずることには、どうしても抵抗感がつきまとうのである。わたしは11月の追記では、パラントがプルードンによせていた共感をいちおうの手がかりにしたが、そればかりではないということが、ボー氏の博引旁証によってうらづけられるようにおもわれる。

じっさい、パラント自身も、題名どおりアナーキズムと個人主義とを対置することが目的であるはずの「アナーキズムと個人主義」のなかでさえ、「もちろん、ある意味において、アナーキズムは個人主義から出発している。個人主義は、事実、現実の秩序によって圧迫をうけている、あるいは不利をうけていると感じている少数者の反社会的反逆である」(久木哲訳、p.50) といっており、共通する部分もあることははじめからみとめている。

もちろんわたしはここで、パラントがアナーキストであると主張したいのではない。そのようにいってしまうことはまた、逆方向の単純化にほかならない。
単純化された図式的理解を排し、繊細なパラントの思想を、それにみあう繊細さでよむことが必要であるとの感をあらたにする。