ジョルジュ・パラントにかんする雑記帖

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 Souvenir sur Georges Palante を読了。
 ミシェル・オンフレーによる評伝などで、断片的に引用されていたのを読んだことのある話が、つながった脈絡のなかで読むことができたのがよかった。

 パテティックな失敗者として語られることの多いパラントが、イリオンでは隣人に親切にし、好かれていたことなど、常識的な市民としての側面をまちがいなくもっていたことが書かれており、あまり色めがねで見てはいけないと思った。
 もちろん、それとて、ギユーの目からみたパラントがえがかれているにすぎないのだが、個人的なつきあいがあり、しかも最後には訣別したにもかかわらず、これほど一貫してパラントに好意的なことを書けるひとがいるというだけでも、もっぱらディオゲネス的なひとだったと思ってはいけないだろう。

 ギユーはまた、「ブルターニュ版のジャン・ジオーノ」といわれるほど、郷土への愛着を欠かさないひとで、美しいイフィニャック湾の描写など、わたしも見たことのある場所が出てくると、ありありとその光景を思いおこすことができた。
 わたし自身も昨秋(往年のギユーほどではないが)かなり苦労して往復したサン=ブリユーとイリオン(グランヴィル)のあいだの往還や、ギユーがパラントをイリオンにたずねて行ったときの描写が多く、臨場感をともなってよんだ。
 哲学者は、事蹟によってではなく、考えたことによって評価されるべきであるとは承知しているが、パラントはやはり、困難だったかれの人生との相関においてとらえられるべきではないか、という思いを新たにした。

 とくに、イリオンの海辺での描写がこころに残った。以下の引用は、どこから引用したかをしめさないままギユメでくくられていたが、おそらくパラントからの私信の引用であろう。

 「海辺の、まさにその場所で、わたしはもっともよい時間をすごした。そうすると、多くのことと和解できるようになる。これほどの美しさを前にすれば、われわれのこころの激動など、なんでもなくなる。この無限に身をゆだねるような気分になるときがある。」(同書62ページ)