ジョルジュ・パラントにかんする雑記帖

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 案の定、ドゥペンヌの2巻本はまだあまり読めていない。
 内容にいっそう興味がある第2巻からをよんでいて、その題名にもなっている≪永遠の異端≫とは、ジョルジュ・パラントが一生うしろ指をさされつづけたことをいうのではなく、つねに好んで異端でありつづけたことをさしていることに気づいた。
 ここでは≪永遠の異端≫の反意語は、≪組織された異端≫であって、それは避けるべきあらたなドグマでしかない。

 そもそも、≪異端≫を≪正統≫への叛逆としてとらえるのは歴史的に誤りで、実際には≪異端≫のほうがさきにあり、それへの対処として≪正統≫が整備されたのだった(コワコフスキーのキリスト教(無教会派?)研究による)。

 20世紀の到来とともに、生まれて間もない学問であった社会学の概説書をフランスではじめて書いた(Précis de sociologie, 1901年)パラントは、ほんらいなら、フランスにおける社会学の創始者とされるべきだった。
 しかし、デュルケーム派のもとにあったソルボンヌの教授陣は、かれに学位をあたえなかったばかりか、存在そのものを無視するという戦略をとった。それ以降も、フランス社会学の公的な、つまり、≪正統≫の歴史は、パラントに場所をあたえることはなかった。
 これこそ、≪異端≫が≪正統≫に先立ち、≪正統≫が≪異端≫への対処として形成されるという関係の端的な例といえよう。