ジョルジュ・パラントにかんする雑記帖

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つぎのところで発言した:
http://non.air-nifty.com/non/2006/09/post_224e.html

わたし自身の発言を以下に再録 (ただし誤記のみ修正した):

「主義」は本来標榜するものなので、他者がいなければあらゆる「主義」は存在しないとおもいます。
たとえそれがひそかにまもられる内的な方向性であっても、のんきちさんのいう自称が確立していてこそ「主義」になるとおもいます。
「主義」を拒否することもまた一種の「主義」であり、これをのがれることはむずかしいようです。

ところで、ある「主義」にたいしてとりうる態度は、加入と拒否のふたつしかないのでしょうか。
思春期の少年少女の発言を収集(録音)し分析したジル・マリオンというフランスの学者は、去年だした論文で、4つあるといっています。

(1)「加盟」(AFFILIATION)。集団がたてる規範への従属。その規範からの逸脱にたいしては論争的態度をとる。
(2)「追随」(ALIGNEMENT)。集団がたてる規範との異化をさけようとする消極的・非論争的な態度。
(3)「差異」(DEMARCATION)。集団がたてる規範からの差異を表明しようとする、穏便な論争的態度。
(4)「特異」(SINGURALITE)。集団がたてるあらゆる規範への拒否。規範にたいしては強く論争的で挑発的な態度。

まあ、これ自体はいかにもヨーロッパ的な、アリストテレス以来つづく「論理矩形」の発想にすぎませんが、じっさいの言説が4つの型に帰せられるというのはなかなかおもしろいのではないでしょうか。


「『いやだけどめんどくさいしどうでもいいから帰属してみる』とかは(2)ですか、それとも(1)ですか」という質問にこたえて:

その消極性からして(2)という気がしますが、ただ、追随したあげくに、ことなる思想にたいして攻撃的になってしまったら(1)に移行したことになりますよね。
2分法からマリオン式の4分法への移行は、けっきょく、自分がどうかということだけでなく、思想的他者にたいする態度も重視しよう、といっていることになりますね。


「③は近いかもなのでしゅが、すこし違うようにもおもうのでしゅ(笑)。④も近いのでしゅが、別に論争とかしたくないし、強制さえなければ、誰がどんなイデオロギーを持っていてもいいようにおもうしで、よくわからないしで、ぼくは、何者にもなりたくない、かなあ(笑)」というのんきちさんの発言にこたえて:

たしかに(3)なのか(4)なのかというのもなかなかむずかしいところですね。
マリオンが分析している思春期の少年少女の言説だと、(3)は「あたし、ひととおなじはいやなの。かぶらないようにしたいわ」、(4)は、「ルールってよぉ、おれが作ったものでもねえし、ぜんぶ関係ねえよ」みたいなのが典型ですね(笑)。
なんで少年少女を分析対象にするのか、と思わないでもないですが、かれらはやはり、自分の態度をむきだしに言うということがあるようですね。おとなはてらいがあって韜晦すると(笑)。