ジョルジュ・パラントにかんする雑記帖

1971年から86年にかけてパラント著作集を翻訳・出版なさった久木哲氏の遺稿集をみていたら、東京教育大の筑波移転をめぐっての学園紛争にかんする話しあいの場をもうけたご経験が書かれている。
その話しあいを準備する段階で、教育大の理学部の教授たちに会いにゆき、移転反対派の意見も聞きたいとおっしゃったところ、
「福田信之氏 (だったと思うが、土方の親分といった風に見えた) が『あんなやつらの話などなんで聞く必要があるもんか』と口ぎたなくいい、他の教授も文学部を口々に非難し、学校全体の意見を聞くなどまったく問題にならなかった」(遺稿集 p.114)
としるされている。福田信之氏はのちに筑波大の学長になる人物だが、この横柄な態度はさもありなんという感じだ。
わたしはその筑波大に学んだたちばなので、ややひけ目を感じるが、わたしが入学したころは、すでに福田学長のつぎの代の学長にかわっており、学内の雰囲気もずいぶん変わってきたといわれる時期にあたる。



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